こんばんは。本日は野口悠紀雄先生へ物申す!をテーマとしたPostの後編(完結編)となります!
まだ前編・中編をお読みになってない方は是非そちらからお読み頂けると幸甚です。
というわけで、野口悠紀雄大先生が書かれたこちらの記事
「日本「技術劣化」の貿易赤字、サービス収支“赤字5.6兆円”の8割がデジタル関連」
について、滔々と反論を続けております。
前編では、「個別システムがカスタマイズで複雑怪奇になる」という点のみにフォーカスし、私が見てきた実態をお届けしました。そして中編では、「SIerがユーザ企業に丸投げされて儲けている」という乱暴な中傷について、私の見解を述べました。
後編の今回は完結編として、サービス収支赤字という事象について、本来議論すべきテーマに収束させていきたいと思います。
国産○○がアメリカに負けた理由
そもそも、”国産○○” がアメリカに負けたのは、クラウドが初めてではありません。ご承知の通り、すでに国産OSだって大負けしています。しかしこれには裏があり、「大負けさせられた」と言ってもよいのではないかと思います。
現在、IoT系では主流となりつつある「TRON」という組み込み用OSがあります。これは1984年からスタートした、東京大学坂村健教授を中心としたTRONプロジェクトで開発されたものでした。このTRON、実は「最強の組み込み用OS」と名高いのですが、実はかつて、Windowsのような情報処理PC向けの「BTRON」というものも開発されていました。当時としてはかなり高性能だったようです。しかしこれが何故普及に至らず、Windowsだらけになってしまったのか。
わかりやすい記事があったので引用します。
1989年、文部省・通産省(当時)所管の「コンピュータ開発教育センター」は、教育用パソコンのOSとしてBTRONを指定した。マシンもOSも日本製の「純国産パソコン」の誕生が期待された。
だが、そこに大きな壁が立ちはだかった。
米国通商代表部(USTR)が、同年4月に発表した「外国貿易障害年次報告書」の中でTRONが不公正貿易障壁の候補にあげられたのだ。「『純日本製パソコン』を作られては、米国企業が入り込めず、日米貿易の妨げになってしまう。もしBTRONのパソコンを生産したら、相応の制裁を加える」という。
悪名高い包括通商法スーパー301条(不公正貿易慣行国への制裁条項)の対象候補となったため、国内大手メーカーはパソコンへのBTRON搭載を見送ってしまった。
当時は、日本の産業界に勢いがあり、工業製品の輸出によって大幅な貿易黒字が続いていた。誕生したばかりで国内でさえ普及していなかったBTRONが自動車と同じような脅威として取り上げられたのは、米国の産業界がその潜在的可能性に気づき、恐れていたからだろう。
(出典)読売オンライン「トロン ―国産OSが世界標準になる」
アメリカ政府も産業界も、BTRONの価値がよくわかっていたようです。このような一方的な措置は、世界貿易機関(WTO)協定の精神に違反していると国際的に強く批判されていましたが、アメリカ市場は巨大であり、理不尽と考えても交渉や譲歩を拒み続けられる国はいなかったでしょう。日本は当然、圧力に屈してしまいました。
その後、プロジェクトにおいてTRONとマイクロソフトのWindowsOSを組み合わせたシステムが構想されたようなのですが、マイクロソフトアレルギーのあった通産省はTRONを追い出すために、政府調達にはフィンランド由来のオープンソース「Linux」を推すようになったそうです。Linuxは良いOSですが、ここにおかしな縛りを作ってしまったこと、これが現在も続く負の連鎖の始まりです。
みなさん、一太郎ってご存知ですか?
地方行政のユーザーにとってはWindows PCであろうがLinux PCであろうが違いなどよくわからない時代である。各地の市役所には、お上に言われるがままLinux PCが配備され、さらにここに、国産ワープロソフト「一太郎 Linux版」が実装されることになる。
これによって何が起きたかというと、地方行政で建物や橋梁などを建設する際、その入札条件として、Linuxフォーマットの「一太郎」で作成された書類でなければ申請できないという、まるで笑い話のような規制が敷かれることとなった。つまり、中央の建設会社が地方の入札に参加しようと思ったら、まずLinux PCと一太郎を購入しなければならかったのである。
ごく一部の地方都市には、令和の世においてもいまだLinux版一太郎が稼働している。これは官僚がコンピューターの未来を思い描くとろくなことにならないという、典型的な例と言えるだろう。
それと同じ頃、通産省や総務省、文部省が一体となり、日本のコンピューター市場の発展のために、補正予算から2300億円ほどの予算をつけたことがあった。当然、こうした垂れ流しに集まるのは、技術開発よりも予算欲しさの企業ばかり。既存の技術に毛が生えたようなチップを掲げてプロジェクトの体を取り繕ったり、複数企業のコンソーシアム(合弁事業)として日本の技術創生プロジェクトの採択を受け、予算をもらったら納品直後に解散するといったような、「国家予算のバラマキ行政」という事案が続出したものである。
これでは日本企業が世界のマーケットに出て、自由競争で戦えるまでに成長しないのも当たり前だろう。シリコンバレーに目をやれば、本当の意味で高い技術や優れた視点を持った企業に投資が集まり、そこで発生したキャピタルゲインを次の開発に投資するといった好循環を経てきた歴史がある。健康的な産学協同も成立している欧米に比べて、官僚への接待と国家予算のバラマキに縋って企業が生き延びてきた日本との違いは歴然だ。
(出典)FINDERS「革新的だった国産OS「TRON」の普及を妨げた通産省とマスメディアの横槍。健全な業界発展を阻害したのは誰か?」
一太郎についてはかなり深刻な笑い話で、行政機関側だけではなく、SIer側で政府調達を追いかけている部門でも、見事に一太郎で作られたドキュメントは残存し続けています。一太郎専用PCは流石に亡くなったと思いますが、昔の設計書は全部一太郎で作らされていたので、いまだにWindowsPC上に一太郎のエミュレータをインストールして読まなくてはならないこともあったようです。
こんなSIerの状況を作り出したのは、本当にSIer側の責任なんでしょうか。
国家として国産○○を戦略的に育成してこなかった理由
上記の記事などをまとめると、一つの仮説として以下のシステム的な因果があると考えます。
日米貿易摩擦のしがらみから逃れられず、国産OSであるTRONの輸出規制を受け入れてしまった
市場から一斉排除されないように、どこかで妥協も必要だった
政府側には、いくらデファクトになっていてもアメリカの特定企業の先端技術に依存するのは、感覚的なアレルギーがあるので、進んで採用しなかった。
枯れた技術を指定された上で、国の根幹となる情報システムを作っていたSIerの技術力が上がるはずがない
アメリカに輸出はできなくても国産○○を国内で育成する好循環を作ろうとしたができなかった
予算はつけても打ち出の小槌的に集まってくる業者ばかりで、戦略性を持った活動が政府主導では不可能だった
年度予算制度の都合、発注側にITの本質のわかる有識者がいない、等々・・・
これを契機に、以降すべてが後手に回り続けている、という実態だと思います。状況を打開したくても、ある程度、前編で書いた通り、複雑怪奇に成熟してしまったシステムをドラスティックに更改するのは本当に至難の業ですし、リスクも伴います。特に国のしくみともなると、更に難しさは想像に難くないと思います。また、研究に予算をつけても、売上の欲しい玉石混交のSIerがうじゃうじゃ寄ってきます。
また、仮によい研究ができたとしても、その成果をビジネスとして考えて先述に移せる、マーケット脳を持ったIT企業が存在していない、というのもあると思います(SIerは基本、御用聞きですからね)。
国産クラウドがアメリカに負けた理由
というわけで、今回の一番のテーマの部分に入ります。
#やっとこさ
みなさんご存じかどうかわかりませんが、実はAWSと同じ役割を持つ国産のクラウドサービスは、あります。あるんです。それを選んでいるユーザ企業もいます。いや、かつてはいました。
しかし、2023年現在、サービス性、機能、スペック、セキュリティ、そして尋常ならざるコストメリットの面で、完膚なきまでにアメリカのサービスに惨敗していまっています。恩情で、国産クラウドを使ってあげようかな、と言えるようなレベルではない雲泥の差ではなくなってしまいました。かつては、「国産クラウドの発展を狙って政府が積極的に採用すべき」と自民党が主張していましたが、さすがに無理だったようです。
では、この国産クラウドは誰が先行して投資開発すべきだったのでしょうか。SIerでしょうか?
今回悪者にされたSIerの本務は、ユーザ企業から、ユーザ企業に成り代わって要望を整理し、期限までにソフトウェア開発を完遂する業務を受託する事業です。クラウド事業をすることは、全く次元の異なる事業です。同じIT産業ですが、業態が全くことなるのです。
OSやクラウドを開発して多く売るという事業は、いわば自動車メーカのようなモノづくり産業です。SIerのソフトウェア受託開発事業は、ゼネコンのようなプロジェクト型産業です(なのでSIerはITゼネコンと揶揄されるのです)。自動車メーカとゼネコン、全然違います。
クラウド事業(=モノづくり産業)で重要なことは、規模の経済を活かさないと成功できないという点です。その為の莫大な先行投資も必要です。アマゾンが赤字でも投資し続けたという話は有名ですが、日本の同種の産業界でそんなことを出来る企業はほぼないと言ってもよいでしょう。いや、あるとすれば、大きな施設インフラを保有しうる3メガ通信キャリアぐらいだと思うのですが、、彼らは超高速通信やエッジコンピューティングの方にだけ走ってしまっていますね。
というわけで、クラウド事業とはビジネスモデルが違うSIerを糾弾してもお門違いです。長い目でITの可能性を理解できず、軽視し続けてきた、日本のあらゆる中枢にいる組織や人の、歴史的な連帯責任なのではないかな、というのが私の結論です。なるべくしてなっている。
大事なのは、ここから先、ITをどう捉えて、国としての位置づけと戦略をどう決めていくかということです。ITはあらゆる意味において外せない領域になってしまっています。デジタル庁・・・は府省内の情報システム係だと思うので、すごく忙しそう。誰が青写真を描いてあげるのか、、が本当に大事です。
で、こういう大事なことを外資コンサルに任せたりしちゃうのかなぁ笑
蛇足:ロジカル(秩序だった論理)の重要性
というわけで、世の中の記事やニュースには論理性に欠けるものが普通に出回っている、と習ったことがあります。なので私は、自分の直観で違和感を感じたものについては、ついつい下記の3点を大事にしてしまうんですね。
微妙な違いを曖昧にしないこと
印象に囚われず本質に迫ること
原因は構造を縦横に見ていくこと
といっても、私は理屈ばかりにとらわれる人間ではなく、秩序と混沌のあいだに住んでいますので、ケースバイケースで秩序側を出していく、そんな生き方をしていこうと思っています。今回も自身が知っている業界の話だったので、ここまで熱量があがってしまったというだけです。
これを読んでくださったみなさんが、ドン引きされないことを祈っています。全3回に渡り、お付き合い頂きましてありがとうございました。
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