こんばんは。本日は昨日Postした以下の記事の中編となります!中編ということは更にもう一回あるのか、、とウンザリされた方、すみません。過去イチ不人気記事となる可能性が大きいです。
まだ前編をお読みになってない方は是非そちらからお読み頂けると幸甚です。
というわけで、野口悠紀雄大先生が書かれたこちらの記事
「日本「技術劣化」の貿易赤字、サービス収支“赤字5.6兆円”の8割がデジタル関連」
について、滔々と反論を続けております。どうした、私w
前編では、「個別システムがカスタマイズで複雑怪奇になる」という点のみにフォーカスし、私が見てきた実態をお届けしました。
続けて、「丸投げされて儲けている」という表現についても乱暴だったので、付け加えておきます。
「儲けている」といっても営業利益率は他業界と比較すると異様に低く、10%を越えるSIerは皆無である。なぜならシステム開発は完全な頭脳労働集約型産業なので、一定規模の頭数が常に揃っていないと、丸投げ要求に答え続けられないからである。システムにおけるものづくりの製造装置は、機械ではなく人でしかない。人が製造装置。当然、システムの規模に応じて、自社だけでなく協力会社を含めたリソース調達をしないと開発行為すらできない中、ユーザ企業の契約が遅れたり突如案件消滅したりなど、休眠リソース(直近の仕事がなくて遊んでいる人)を抱えざるを得ないケースは少なくない。
ユーザ企業が丸投げした理由として、「経営者がITに疎いから」というだけでは言葉足らずである。経営におけるITの重要性を直観で理解できず軽視していた経営者だけが悪いのではなく、IT部門を軽視し、相応の人材育成をしようとしなかったことが問題である。そのため、レガシー企業におけるIT部門は概ね何の権力を持っていないことが多い。ただのシステム管理屋になっていて経営戦略と紐付けて戦略的なビジョンを描く役割を期待されていなかったりする。そのため、「ITなんてただのツールだから外部に丸投げしておけ」となるのである。
ITに疎くない経営者であっても丸投げは横行している。システムの特性として技術の陳腐化やハードウェアの老朽化に伴い、周期的に更改をし続ける必要があるが、リソース需要量には年単位での山谷があるため、それに耐えうるだけの(必要がないときのリソースを抱えておけるだけの)余力を自社では持てず、リソースの調整弁として都合よくSIerを活用してきたのである。
SIerとしては、この巨額のフロー型ビジネスに特有の売上波動性に耐えるべく、そして顧客の御用聞きにいつでも応えるべく、苦肉の策として、頭数をいつでも維持し続けられるだけの実入りを確保するために、「保守メンテ」という一種のストック型ビジネスモデルで安定収入を確保し、ユーザ企業に対抗したというのが歴史である。
#今で言うサブスクビジネスをだいぶ前からやっていたSIer
ということで、もちろん「美味しい」と思っているだけで、実力の伴わない気楽で悪どい人売り業者もいるのは事実で、たまにマスコミを賑わせていますね。しかし、真面目に仕事をしている関係者の中で、この構造問題に気づき、課題だと認識している現場の人達は、伏魔殿のようなこの構造を変えられないことに、焦りと落胆を感じながら仕事しているものです。
しかし一つ言えるのは、こういった業界全体の構造は、発注者と受注者の利益が残念ながら表面上一致してしまっていたせいで、ずっと変わらなかった、というのが実情だということです。そうではなく、個別企業のSIビジネスに偏重しすぎたせいで、市場全体の潜在的な要求や将来動向を捉えたIT技術開発にまんまと遅れをとっている日本の産業界全体に警笛を鳴らし、丸投げしていたユーザ企業側も巻き込んで、より汎用性の高いor横展開のしやすいソフトウェアアーキテクチャへの研究開発をしていくことが必要だったと思います。
ただ、これは完全な結果論です。後から批評することは簡単です。当時に気づいて行動を起こしていないとなんの意味もない。そういえば、IT(イット)革命とか言っていたような人が総理になっていたぐらいです。現場はおそらく気づいていたのだと思いますが、権力層は誰も気づいていなかったことでしょう。
権力層、つまり経営層も含む方々が「ITに疎い or 軽視している」の原因も色々あります。これは結構根が深いと思うのですが、一つ思うことを書いておきます。
日本は明治維新から重工業で近代化を、そして戦後復興も成し遂げた成功体験のある国であり、そこで名を馳せた血族が今も脈々と産業界・政界を牛耳っていらっしゃいます。彼らがソフトウェアだネットワークだデータだと言うものを理解できず、軽視しがちなのは仕方ありません。なんか、彼らに理解してもらうのは直感的に無理だろうな、とわかりますよね。
日本のIT黎明期は、イチからソフトウェア企業が誕生したのではなく、汎用機などのコンピュータを作っている製造メーカ(富士通とか日本電気など)がソフトウェア開発事業に乗り込んで来ていたのです。よく考えるとかなり畑違いなのですが、彼らにとってはハードウェアこそが価値。その中に入っているソフトウェアはおまけみたいなものとして扱っていたと思います。だからおそらく提供側の商売のやり方が悪かったという責任もあります。「ソフト」といえば、ハードウェア製品に付属するドライバ(CD-ROMでくっついてきてたやつ)のようなものしか想像できないと、「ハードを買えばタダで提供されるものだ」という印象が強く根付いてしまう。一部の製造業の人たちからは、「ソフトって無料でしょ?」「なんでお金払わないといけないの?」って、私ですら言われたことがあります。重工業を中心として日本を支えてきたものづくりの人達にとっては、目に見えないものにお金を払うことが到底想像できなかった時代があったんだと思います。
#その割にゲームソフトにはお金を払っていた
#もしかしたら、あれもゲーム”カセット”というハードにお金を払っている感覚だったのか
#任天堂「ディスクシステム」ってかなり先進的だったけど、全然流行らなかったもんね(理由は諸説あるようです)
歴史は歴史として、これはもう動かせないので、何を言っても仕方がないのですが、経営層がひどいということを言いたいわけではなく、様々な因果の流れのもとに必然的にこうなっているんだな、という感覚を持つということも大事なのかなと思います。時間軸や因果関係を無視してしまうと、今の日本のIT業界は無能だとか、すぐそういう話になってしまうので。私は、平成からイノベーションのジレンマがずっと起こり続けているだけ、という気がします。
ただ、この構造的問題を変えていかないと沈没船になってしまうこともまた、にわかに真実味を帯びてきているのです。この話は次回の後編に回したいと思います。
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